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東京地方裁判所 昭和43年(ワ)9304号 判決 1970年5月29日

原告

福田やよい

外七名

原告代理人

上杉柳蔵

被告

朝日生命保険株式会社

被告

瀬川幸子

被告代理人

田中泰岩

主文

一、被告らは各自、原告福田やよいに対し金二七九万七三九九円およびこれに対する昭和四三年九月七日から支払ずみにいたるまで年五分の割合による金員を、原告福田英世、同福田晴幸、同福田憲治、同福田絹栄、同高橋宏道、同武幸子、同本島みゆきに対しそれぞれ金一四万四〇七一円およびこれらに対する昭和四三年九月七日から支払ずみにいたるまで年五分の割合による金員を、支払え。

二、原告らのその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は、これを二〇分しその七を原告らの負担としその余を被告らの連帯負担とする。

四、この判決は、原告ら勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実および理由

第一当事者双方の申立

一原告ら

1  被告らは各自、原告福田やよいに対し金三四八万六一四九円、その余の原告らに対しそれぞれ金三四万〇八七一円およびこれらに対する昭和四三年九月七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告らの負担とする。

との判決並びに仮執行宣言を求める。

二、被告ら

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告らの負担とする。

との判決を求める。

第二当事者間に争いのない事実

一、訴外福田磯五郎は、昭和四二年九月二三日午前一一時三〇分頃伊勢崎市大字今泉四八二番地の一先の幅員一〇メートルの道路を原動機付自転車(伊勢崎市二四四一号)に乗車進行中、被告瀬川幸子の操縦する足踏自転車に接触転倒して傷害を蒙り、入院治療を受けたが同年一〇月一日右受傷に基づく右脳膜外血腫により死亡した。

二、被告瀬川は、被告会社の被用者(外務社員)であつて、本件事故当時被告会社の事業執行中だつたものである。

第三争点

一、原告らの主張

1  (責任原因)

被告瀬川は、前記訴外磯五郎の運行中の道路と交差する幅員約1.5メートルの道路から進出したのであるが右進出地点は見とおしのきかない場所であるのに一時停止をしなかつた過失により本件事故を発生せしめたものである。よつて、被告瀬川は民法七〇九条、被告会社は民法七一五条によりいずれも本件事故により原告に生じた損害を賠償すべき義務がある。

2  (損害)

(一) 原告福田やよいの損害

(1) 訴外磯五郎の入院治療費

金九万三一〇〇円

(2) 葬儀費用

訴外磯五郎の葬儀費用として金二五万円余の支出を余儀なくされたのであるが、この内金二〇万円を請求する。

(二) 訴外磯五郎の逸失利益の損害

訴外磯五郎の死亡による逸失利益は、つぎのとおり金三五七万九一四七円である。

死亡時の年令 五九才

推定余命 15.53年(平均余命表による)

稼働可能年数 7.9年

収益 年間金九三万六〇〇〇円

控除すべき生計費 年間金一六万円

毎年の純利益金→七七万六〇〇〇円

年五分の中間利息控除 ホフマン法複式年別計算による。

以上によつて計算した訴外磯五郎の死亡による逸失利益の現価は金五一一万三〇六八円となるが、訴外磯五郎にも本件事故発生につき三〇%の過失があつたものとして、右金五一一万三〇六八円から右過失に相応する分を控除すれば金三五七万九一四七円となる。

なお、訴外磯五郎の前記収益金九三万六〇〇〇円は、同原告が田一町六反歩、畑一町二反歩、桑園八反歩を所有し、原告福田晴幸とその妻あやのおよび原告福田やよいの協力を得て米麦、繭の生産して挙げていた収益のうち、訴外磯五郎の農業経営者として寄与分金八一万六〇〇〇円(三〇%)と、椎葺裁培により挙げていた年収金二〇万円のうち訴外磯五郎の寄与分金一二万円の合計額である。

そして、原告福田やよいは訴外磯五郎の妻、その余の原告らは同訴外人の子であつて、その相続人の全部であり、原告福田やよいは、右金三五七万一四七円の三分の一の金一一九万三〇四九円を、その余の原告らはその二一分の二にあたる金三四万〇八七一円をそれぞれ相続した。

(三) 原告福田やよいの慰藉料

訴外磯五郎は土地の旧家に生れ久しい間、伊勢崎市会議員を勤めるほか農業協同組合理事等の要職を歴任したのであり、同人の妻として永年苦楽を共にした原告福田やよいとしては、本件事故によつて訴外磯五郎を喪いその精神的苦痛は計りがたい。この精神的苦痛を慰藉すべき金額は金二〇〇万円を下らない。

3  (本訴請求)

よつて、被告らに対し原告福田やよいは以上の合計金三四八万六一四七円、その余の原告らはそれぞれ金三四万〇八七一円およびこれらに対する本訴状が被告らに送達された翌日以後支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める

二、被告会社の主張

仮りに、被告瀬川につき本件事故の発生に過失があつたとしても、被告会社は、同被告の選任、監督につき充分の注意をしたものであつて民法七一五条一項但書の規定により免責されるものである。

第四証拠関係<略>

第五争点に対する判断

一責任原因

1  被告瀬川幸子の過失

<証拠>を総合すれば、訴外磯五郎は前記道路の中心線左側を時速三〇ないし三五キロメートルの速度で北進し、被告瀬川は右道路にそのほぼ西方から交差する幅員約2.6メートルの路地から右道路に進出したのであるが、右両道路附近の、状況の概略は別紙図面のとおりであつて、右被告瀬川の進路から訴外磯五郎の進路に対する見とおしは、密植された高さ約1.5メートルの茶の木の生垣および樹木によつて視界をさまたげられて全くきかない状況にあること、そして被告瀬川は右訴外磯五郎の進出するに当り、右道路に進入する直前地面に片足をつきいつたん停止したものの、訴外磯五郎の進路に対する安全の確認もせずに、したがつて訴外磯五郎の進行にも気づかずに、同人の進路前方に出たため、被告瀬川の進路から訴外磯五郎の進路に約三メートル進入した地点(別紙図面X点)において、その運転する自転車の右側面と訴外磯五郎の原動機付自転車の左側面が接触するにいたつたこと(なお、右各証拠によれば被告瀬川の自転車後輪どろよけに凹状の接触痕があり、右は本件事故の際に生じたものと認められるが、右接触痕が訴外磯五郎の原動機付自転車のどの部分との接触により生じたものであるかは、本件の全証拠によつて確認はできない。)が認められ、他にこの認定を左右する証拠がない。この事実と前記第二、一の事実によつて考えると、訴外磯五郎の進路は被告瀬川の進路に対しては一見して明らかな広路であり、路地から進出する同被告としては訴外磯五郎の進行を妨げてはならない(道交法三六条参照)のであり、ことに訴外磯五郎の進路に対する見とおしは全くきかないのであるから、同被告としては、広路に進入する以前において同路を進行する車両の有無を確認し、通行車両のある場合においてはその通過をまつてはじめて進行し事故の発生を防止すべき注意義務があつたというべく、本件事故は同被告が右注意義務を怠つた過失によつて発生したものとするほかない。

2  被告会社の免責事由

<証拠>によれば、被告瀬川は被告会社高崎支社所属の外務員であり、被告会社においては外務員採用に当つては戸籍謄本、住民票謄本を取り寄せ、かつ被採用者から身上調書を提出させて、もつぱら営業上の事故の有無を調査しているほか、各営業所においては朝礼を行い自転車を使用する外務職員に対しては交通事故にあわないよう注意をしている事実が認められるけれども、右事実によつては、いまだ被告会社が被告瀬川の選任、監督に関する注意義務を尽したものとはなし得ないから、被告会社のこの主張は採用の限りではない。

3  よつて、被告瀬川は民法七〇九条、被告会社は民法七一五条の各規定により本件事故により原告に生じた損害を賠償する義務がある。

二損害

1  原告福田やよいの損害

(1) 訴外磯五郎の入院治療費

金九万三一五〇円

右のとおり支出を余儀なくされたことは、<証拠>によりこれを認める。

(2) 葬儀費用 金二〇万円

<証拠>によれば、原告福田やよいは訴外磯五郎の葬儀を執行し、葬具代、祭壇料その他として合計金九万八六八〇円を支出した事実が認められ、右原告の供述によれば訴外磯五郎は生前四期一六年にわたつて伊勢崎市会議員をつとめ、そのほか農業協同組合理事、P・T・Aの役員をしていた事実が認められ、これらの事実を総合して考えると、訴外磯五郎の葬儀費用として同原告が主張するように金二〇万円を下ることのない支出を余儀なくされたであろうことは推認に難くないところであるから右金額をもつて訴外磯五郎の本件事故死と相当因果関係ある葬儀費用と認定する。

2  訴外磯五郎の逸失利益の損害

<証拠>によれば、訴外磯五郎は、その生前、妻である原告福田やよいおよび二男の原告福田晴幸夫婦とともに農業を営み、年間、米麦繭の所得として金一六四万円椎葺裁培による所得として金二〇万円を挙げていたこと、および右所得を挙げるについての訴外磯五郎の寄与率は、すくなくとも原告らが主張するとおり米、麦、繭の生産については三〇%(金三六万八〇〇〇円)、椎葺の生産については六〇%(金一二万円)を下るものではなかつたことが認められる。したがつて、同訴外人の年間所得は金四八万八〇〇〇円となる。なお、原告らは、訴外磯五郎の米、麦、繭の生産収益に対する寄与分三〇%は金八一万六〇〇〇円であると主張し、その証拠として成立に争いがない甲第一三号証(農林省群馬統計調査事務所編、ポケット農業経済一九六八年版、なお、<証拠>が右統計を基礎とした計算表であることは、弁論の全趣旨によつて明らかである。)を提出するが、右はあくまでも統計にすぎないのであつて、本件のごとく他の証拠により所得の実額認定が可能な場合においてかかる一般的な統計資料によつて損害を算定することは相当ではない。そして、右訴外磯五郎の年間所得額から原告らにおいて自陳する同人の生計費合計金一六万円を控除すれば、同訴外人の年間純利益は金三二万八〇〇〇円となる。

<証拠>によれば、訴外磯五郎は明治四一年二月二一日生れで本件事故当時五九才であつたことが認められ、他に特段の反証がない本件の場合にあつては、訴外磯五郎は本件事故に遭遇しなければ、なお7.9年間は稼働し、その間毎年前金三二万八〇〇〇円の純益を挙げ得たものと認めるのが相当である。したがつて以上に基づき同訴外人の本件事故死による逸失利益を算定し、かつこれからホフマン法により年五分の割合による中間利息を控除して右死亡時における現価に換算すれば、つぎの算式が示すとおり合計金二一六万一〇六九円となる。

328,000円×6.5862764=2,161,069円

3  過失相殺と原告らの相続

本件事故発生の状況は、前記のとおりであり、広路を通行する訴外磯五郎としては道交法四二条所定の徐行義務を免れるにしても、絶えず前方を注視し自車進路前方に進出する自転車を発見した場合において、可及的に右に転把し、それとの接触をさけるべきであり、本件事故の発生については、同人がこの努力を怠つたこともその一因をなしていると認められるけれども、右訴外人の過失は本件の全証拠を検討して見ても原告らが自陳する三〇%以上に出るものとは認められないから、これに基づき過失相殺すれば、右逸失利益の損害のうち被告らの賠償の責に帰すべき額は金一五一万二七四八円となる。そして、<証拠>によれば、原告福田やよいは訴外磯五郎の妻、その余の原告らは同訴外人の子としてその相続人の全部であることが認められるから、原告福田やよいは右金一五一万二七四八円の三分の一に当る金五〇万四二四九円その余の原告らはいずれもその二一分の二にあたる金一四万四〇七一円の各損害賠償請求権を相続したものというべきである。

4  原告福田やよいの慰藉料

以上認定の諸事実並びに本件にあらわれた諸般の事情を斟酌し、同原告の訴外磯五郎死亡による精神的苦痛に対する慰藉料は金二〇〇万円をもつて相当と認める。

第六結論

以上のとおりであるから、被告らに対し原告福田やよいは前項二、1の金二九万三一五〇円、同3の金五〇万四二四九円および同4の金二〇〇万円の合計金二七九万七三九九円、その余の原告らはいずれも前項3の各金一四万四〇七一円およびこれらに対する本訴状送達の翌日である昭和四三年九月七日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める権利があるから、原告らの本訴請求はこの限度において正当として認容し、その余の請求を失当として棄却する。

よつて、民訴法九二条、九三条、一九六条の各規定を適用して主文のとおり判決する。(原島克己)

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